© 2019 BASEY All rights reserved.

走るの"は"にテンテンをつけてバシルです。

April 23, 2014

アフガニスタンの女性たちと制作している手刺繍のストール。今日は女性たちとBASEYを繋ぐ現地のリーダー、バシルさんをご紹介します。

 

バシルさんは現在アフガニスタンのカブール大学で教鞭を執りながら、政府関連の仕事や日本のODA政府開発援助のコンサルタント企業の現地代表を務めています。

 

バシルさんと出会ったのは2年前の3月。JICAの長期研修で来日していたアフガニスタンの研修員さんにホームパーティにお招きいただき、そこでバシルさんに出会いました。

 

その時のバシルさんの自己紹介。

「日本語の走るの"は"にテンテンをつけてバシルです」。

 

お~!!なるほど、素晴らしい!!覚えやすい!!そして流暢な日本語!!さすが、日本滞在年数5年を越えるだけあって和心を掴む自己紹介、そして中東と西洋をミックスしたようなナイスルッキングな外見(蛇足)!

 

アフガニスタンの現地事情や文化、日本での思い出など楽しく会話をしていましたが、だんだんと話題はその年に始まったJICAのアフガニスタン復興支援プロジェクトの長期研修について、、、。

 

アフガニスタンは、1970年代から続いた紛争によって、国内の経済社会インフラが壊滅的な打撃を受け、電力・運輸・上下水道等の基礎インフラが不足しています。それを補うためにJICAはインフラ整備と農業・農村開発を最重点分野として支援しています。そのプロジェクトの一環で、5年間で500人の長期研修員を日本の各大学院に受け入れる“PEACE”未来への架け橋・中核人材育成プロジェクトという研修があり、私はそのPEACE研修にも携わっていました。

 

その年から研修員受け入れが始まったPEACE研修は、プロジェクトが始まったばかりだったというのと、受入1年目で全てが新しくチャレンジングで、悪く言うと手探り状態で、研修員は十分とは言えない情報や知識のもと来日し、新しい環境に慣れるのに苦労していました。ホームパーティを開いてくれたアフガニスタン研修員たちは、その研修の第一陣で来日した人たちで、言葉も文化も全く違う環境の中でも一生懸命に日本の文化を知ろう、慣れようと努力し、日本人とコミュニケーションを取れるように日本語の勉強もがんばっていました。そして、日本語の先生や私たちJICAスタッフを招いて、ホームパーティを開いてくれました。

 

そんな彼らはカブール大学でバシルさんの教え子でもありました。バシルさんは5年間日本に滞在した自身の経験から、教え子が約2年半の研修期間においてアフガニスタンの復興に貢献できるような人材となれるよう、PEACE研修に対する要望や改善点、感謝の気持ちなど話してくれました。自身が日本を去った後でも彼らが少しでも有意義に、そしてJICA研修の目標を達成できるように、熱い想いを一生懸命に伝えてくれました。中には耳の痛い内容もありパーティを去る時、私はぐったり疲労困憊でしたが、それでも真の声を聞けたのはプロジェクトをより良くするためにも本当によかったです。そして、バシルさんはアフガニスタン国の復興、それに必要な人材育成を真に願い、背負っていく人だと感じました。

 

一般の日本人が足を踏み入れることができない地アフガニスタン。それでも少しでも知りたい、知ることがまず大切だと思い、バシルさんが帰国後もSkypeやメールで連絡をしながら、現地の状況などを教えてくれました。女性の社会進出や生活の様子なども聞くうちに、いつかアフガン女性たちと活動をしようと思いました。

 

2012年にJICAを退職した後、女性たちからのSOSのメッセージを受け、バシルさんと共にアフガン女性と手刺繍のストール制作を始めました。

 

すべては必然。たとえ遠いアフガニスタンでも点と点が繋がって、想いやご縁は繋がっていくのだと思います。

 

「走るの"は"にテンテンをつけてバシルです」。

彼との出会いが、アフガニスタンとの活動の始まりです。

 

吉井 由美子

 

Please reload

Featured Posts
Recent Posts

June 7, 2017

Please reload

Search By Tags
Please reload

Follow Us
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square